東海道四日市宿資料館について
資料館の外観
◎地域団体と「綱の会」の市民組織で ~病院「福生(ふくお)医院」跡に整備、開館~
「東海道四日市宿資料館」は、江戸時代を中心とした四日市の歴史・民俗・文化を知っていただくとともに、後世に継承していくため、令和元年6月1日、市民組織によって整備、開館した施設です。
設置母体は、地元の共同地区連合自治会や共同地区社会福祉協議会など地域団体と、歴史研究グループ「綱の会」によって結成した「東海道四日市宿創生協議会」で、整備のための協力金の募集、史・資料の収集、語り部ボランティアの養成などを進めました。
資料館の建物・敷地は、病院(耳鼻咽喉科)の「福生医院」跡で、家主である福生吉裕氏のご厚意により無償でお借りしております。
◎江戸時代「問屋役」務めた福生家
福生家は、江戸時代に四日市宿の「問屋役」を務めていた家柄で、行方(なめかた)家 第十二世・行方謂武の代に 四日市代官であった 多羅尾(たらお)氏から「福生(ふくお)」の姓 を拝領して「福生」を名乗っておられます。
行方氏は、常陸国行方郡の玉造城主の苗裔で、中世・戦国時代、赤堀浜田氏の家臣として関東から伊勢国四日市に移り、浜田城主・浜田美作守忠秀から藤綱、元綱、重綱まで四代の家臣団の一翼を担い、江戸時代になると「問屋役」として宿場の重職を務めています。
◎明治時代から「医師」の家系に…
明治時代になると、福生氏はドイツ留学を果たすなど西洋医学を学び、医家としての地歩を築き、以来今日まで医師の家系を守り続けておられます。
◎福生吉裕氏は「未病(みびょう)」の概念を提唱 ~未病学会 初代理事長として活躍!~
家主である福生吉裕氏 (医学博士) は、内科医として老人病研究所長の臨床医学経験から「健康」と「病気」の間に『未病』という概念、領域があることを提唱し、未病学会初代理事長を務められました。 館内に『未病コーナー』を設けておりますので、ぜひご観覧いただき、皆様の健康づくりにお役立てください。
日野原重明先生(左)と福生吉裕氏
未病に関する展示コーナー
この資料館は、地域団体や綱の会からの助成金、地域の篤志家、東海道四日市宿創生協議会委員会などからの寄付金と無償奉仕、語り部ボランティアさんの無償奉仕活動で管理・運営しております。
資金面など、ご支援、ご協力をいただける方は、資料館内に設置してある「募金箱」へお願いします。
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